男性のヘアスタイルで一番好きなのは何かと聞かれたら間違いなくマンバンです。襟足を刈り上げタイプの。
そもそも長髪が好きなんですけど、襟足刈り上げのマンバンって下ろした時の破壊力すごくないですか?
サイドまで刈り上げてると毛量が少なくて物足りないし、刈り上げてない普通の長髪だと普通に「あー髪長いな」って感じがある。
刈り上げていることによって短いところと長いところのギャップが発生して(以下略)
ってくらい好きなんですけど、マンバンケ描いたことないな!?!!!??!?!??!?って急に気づいて描きました。
イヤァァァ!!!ヤッター!!!コレコレコレェ!!!!
自分で描いて自分で大喜び。とってもエコ。
普段の髪型とほぼ逆転で面白いな。でも頭頂部のピヨ毛がないのはさみしい。
下ろしバージョンだと顔が毛に覆われすぎててヤバいのでヒゲをなくそうかと思ったのですが、フィリちゃんが前髪を耳にかけてなかったらこんな感じでは?と思ってそのままにしました。
いや、ヒゲなしだとあまりにもせくしーで世の中の女子たちに見せるわけにはいかなかったんです。
そもそも長髪が好きなんですけど、襟足刈り上げのマンバンって下ろした時の破壊力すごくないですか?
サイドまで刈り上げてると毛量が少なくて物足りないし、刈り上げてない普通の長髪だと普通に「あー髪長いな」って感じがある。
刈り上げていることによって短いところと長いところのギャップが発生して(以下略)
ってくらい好きなんですけど、マンバンケ描いたことないな!?!!!??!?!??!?って急に気づいて描きました。
イヤァァァ!!!ヤッター!!!コレコレコレェ!!!!
自分で描いて自分で大喜び。とってもエコ。
普段の髪型とほぼ逆転で面白いな。でも頭頂部のピヨ毛がないのはさみしい。
下ろしバージョンだと顔が毛に覆われすぎててヤバいのでヒゲをなくそうかと思ったのですが、フィリちゃんが前髪を耳にかけてなかったらこんな感じでは?と思ってそのままにしました。
いや、ヒゲなしだとあまりにもせくしーで世の中の女子たちに見せるわけにはいかなかったんです。
気にしてない方も多いかなと思うのですが、私がショートのところに文字数を書いているのは読む方に「空き時間で気軽に読める量」と「腰を据えてゆっくり読みたい量」の判断をしてもらうためです。
たとえば通勤電車20分の間で読も〜と思ったら意外と長かった…! みたいなことがあるじゃないですか。
なんか読みきれないと気持ち悪いみたいな。
そういうのがないように…という気持ち。
わたしは大体5000文字こえると「後でゆっくり読も!」となります。
なので5000文字程度でページ分けをしていたりします。7〜8000くらいだとしなかったりもしますが…。そのあたりは雰囲気で…。
シリーズは長いのかわりきってるから文字数書いてないしページ分けもしていないです。
いやーでもページ分けはしたほうがいいかな…と考えてはいる…。
たとえば通勤電車20分の間で読も〜と思ったら意外と長かった…! みたいなことがあるじゃないですか。
なんか読みきれないと気持ち悪いみたいな。
そういうのがないように…という気持ち。
わたしは大体5000文字こえると「後でゆっくり読も!」となります。
なので5000文字程度でページ分けをしていたりします。7〜8000くらいだとしなかったりもしますが…。そのあたりは雰囲気で…。
シリーズは長いのかわりきってるから文字数書いてないしページ分けもしていないです。
いやーでもページ分けはしたほうがいいかな…と考えてはいる…。
結構お酒を飲みながら夜中に絵や文字を書いていたりするんですが、その時完成したノリでアップしたらいかんな…。という学びがこの前ありました。
終末のお話が完成したのが夜中(早朝?)の4時頃だったので、一回寝てから次の日確認したワケですよ。
そしたら「音が広げる振動は波紋のように広がって」とか書いてあってめちゃくちゃ笑いました。あるよね、そういうこと。
おわり
終末のお話が完成したのが夜中(早朝?)の4時頃だったので、一回寝てから次の日確認したワケですよ。
そしたら「音が広げる振動は波紋のように広がって」とか書いてあってめちゃくちゃ笑いました。あるよね、そういうこと。
おわり
諸々トラブルがあり、函館での延泊を余儀なくされるという面白い事態に。
友人もわたしも、もうどうにもならないんだから最大限楽しもうぜ!というタイプなので、トラブル元から補填してもらえる金額の中でめいっぱいリッチなホテルを取り、函館観光延長戦にもつれ込みました。
こんな経験は人生で一度できるかできないかくらいのレアなやつだし、話のタネにもなって良かったんじゃないかなと思います。確率で言うと1%未満らしい。運が良いのか悪いのか。
でもなんだかんだ言って特別なことは刹那的であるからこそ特別で、非日常は終りが見えているからこそわくわくできるものである、ということを身を以て学びました。
だけど当たり前にある日常だって本当は当たり前なんかじゃなくて、それが日常だと思えることこそが特別だったりしますよね。
こういう学びも夢を書く上で活かして行けたらいいですね。
というわけでキロちゃんと函館の写真で締めます。
二枚目と三枚目は全然函館感ないな…。